夏休み“大人の”自由研究「カブトムシの飛翔」

夏休み「大人の」自由研究:それは、なにげない素朴な疑問を、研究者が大人の力で解明する活動…。親が手伝った夏休みの自由研究ではありません。

今回のテーマは、童心を呼び起こす「カブトムシ」です。虫を触れなくなってしまった大人に読んでもらいたい一編となっております。カブトムシがどれくらい力持ちかとか、そんなありふれたテーマでは面白くない。カブトムシの飛ぶ能力に焦点を当てて、おとなげない方法で調べます。

カブトムシ♂ (学名: Trypoxylus Dichotomus)
カブトムシ♂ (学名: Trypoxylus Dichotomus)

それではどうぞ!


マテメソ

いきなりの専門用語「materials and methods」、略してマテメソ、「実験に使ったものと実験の手順」のことです。生物実験系の論文には必ず含まれるので慣用句になっています。機械工学や計算機科学の論文では、細胞の種類や溶液の配合などを細々指定する必要がないのでこのような言い方はしません。ここではなんちゃってマテメソを書きます。

カブトムシ

国産カブトムシを使います。まずはカブトムシを手に入れなければいけません。第一歩です。

どうするか?
迷わずネットショップで注文です。おとなげないと言われても関係ないです(大人買いとも言う)。大のおとなが雑木林を徘徊して樹を蹴っていたら不審ですからね。蚊に刺されるのもいやだし。

カブトムシはオスとメスのペアで千円〜3千円くらいです。でかいほうが高価です。なぜでしょうね。見栄えがするから?ネット注文なら大きさもそろえられて便利。合わせて虫かごとエサも買います。

虫かごとエサ

虫かごにも改革が起こっています。虫を飼うと小バエがわきますよね。そりゃ蓋が網だからです。いまは、フィルタ付きで小バエのわかない新型ケースがあるのでそれを使います。エサはもちろん昆虫ゼリーです。スイカとか水っぽくて栄養のないものは与えません。今回、プロテイン入り高級昆虫ゼリーを利用しました。

もうひとつ、気になるのは汚れとにおいです。
カブトムシはおしっこを飛ばします。敷いた土はどんどん汚れていくのに交換は簡単ではない。そこで、今回は腐葉土を敷かずに、すぐ交換できて消臭効果のある紙砂を使います。見た目にも清潔感があり、虫がどこにいるのかわかりやすいし、燃えるゴミとして捨てられます。カーペットにこぼしても拾えば済む(重要)。
ただし、卵を産ませたかったら使えません。

虫かごの紙砂とゼリー置場
虫かごの紙砂とゼリー置場

実験方法

高速度カメラとX線CT装置を使い、カブトムシの体の構造を観察します。詳細はそれぞれの結果で。


ハイスピードカメラによる撮影

夜中、カブトムシが虫かごの中でブブブとうるさく羽ばたきます。目にも止まらぬ速さです。それならば、止まって見えるようにしましょう。超高感度・高速度撮影カメラ(1千万円〜)を使います。スロー動画がついでに撮れるデジカメみたいな半端なものではありません。

現代の研究は、新しい計測機器の発展と並行して進んでいます。見たかったけど見えなかったものが、技術が進んで見えるようになる。そうすると新しい発見があるわけです。

じゃーん!
羽ばたいているカブトムシを後と横から見た様子がこちら。短い方のツノに棒をつけて支え、その場で羽ばたかせています。ブレがないので標本のように見えますが、すごい勢いで動いている最中です。

そして、ムービーがこちら。撮影は秒間2000コマで行いました。一般的なムービーの秒間30コマに比べると何十倍も高速です。そして、再生速度は25fpsにしたので、1/80の速度にスローダウンした動きを見ていることになります。

撮影中、実験者(私)がサッと素早く止まり木を差し出しているのですが、ムービーの中ではゆ〜っくりに見えます。硬い前翅は、あまり動きません。後翅の、翅脈に支えられた膜が、しなやかな動きを見せています。羽ばたきは1秒に30往復(30Hz)くらいでした。

この美しい羽ばたき運動はどうやって作られているのでしょうか。注目したいのが、翅の根元、両方の翅の間にある胸部が呼吸するように上下していることです。次はこれを詳しく見ていきます。


X線CTによる透視

ハイスピードカメラで羽ばたきを外から観察しましたが、内側にある筋肉は見えません。どうやって調べればいいでしょうか?解剖?

解剖するよりエレガントな方法があります。X線によるコンピュータ断層写真撮影(CT)です。被写体を回転させながら多数のX線写真を撮ることで、あらゆる場所の輪切り画像が得られます。カブトムシ用のX線CTはないので、工業用のマイクロX線CT(5千万円〜)を使います。

え〜と…
ここで非情なお知らせ、X線CTの1回の撮影は30分以上かかります。被写体はじっとしている必要があります。そこで、カブトムシをできるだけ新鮮な状態で〆ます
…はい。シメます。自然死してからでは組織が変質してしまうので遅いです。

「殺しちゃうの…?」という子供の声が聞こえる気がしますが、死と引き換えに大胆な調べ方が可能になるのです。昆虫の〆方はいろいろあると思いますが、低温や炭酸ガスで動きを鈍くしてから、密閉容器内で有機溶剤の蒸気を吸わせます。ちなみに、学術研究と関係のない虫の殺し方としては、イナゴの佃煮や、害虫の農薬駆除があります。

こちらがカブトムシのX線画像!
カブトムシのMicro CT画像を撮っている研究者は日本全国でも数人ではないでしょうか。

Micro CTによるカブトムシの断層画像

う…うわ〜…。妙な迫力があります。
左上が横から(矢状面)、左下が上から(冠状面)、右が横断面です。胸の部分、白い帯状に写っているのが筋肉です。胸の中にぎっしり詰まった飛翔筋の重さは、体重の1/3くらいを占めています。飛ぶ能力にかなりコストをかけていることがわかります。

X線写真ではわかりにくいので、主な筋肉だけ図示してみました。

カブトムシの飛翔筋

実は、カブトムシの翅の動きは胸部の変形によって生み出されています。つまり、人間が手足を動かすのとはまったく違う仕組みで動いているのです。

胸部は背板と腹板に分けられ、それをつなぐように翅がついています。大きな筋肉として、背板と胸板の間のDVM (dorso-ventral muscle、青線)と、背板の内側の DLM(dorso-longitudinal muscle、赤線)のふたつがあります。どちらも翅には直接つながっていない筋肉なので、間接飛翔筋(indirect flight muscles)と呼びます。

上の図で、青い線の筋肉が収縮すると、背板と胸板が近づいて、その間にある翅が跳ね上がります。次に、青い筋肉がゆるみ、赤い筋肉が収縮すると、翅が打ち下げられます。赤い筋肉は背板をしならせるので、その弾力を次の翅の動きに利用すればエネルギーが節約できます。この他、直接飛翔筋であるbasalar muscleやsubalar muscle(黄線)、図に描いてない細かい筋肉もたくさんあります。

胸部全体の変形を羽ばたき運動に変換することで、飛翔が実現されていることがわかりました。超高速度撮影で見えた胸の動きが、まさに翅の動きの秘密だったのです。


まとめ

知的好奇心と素直に向き合う自由研究は、なんと楽しいことでしょうか。夏の終わりが近づいていることをしばし忘れて、実験や製作に没頭する喜び。

もちろん、プロの研究者であれば、ここに書いたようなことは、定量的なデータのない追試研究であることはすぐわかると思います。新規性のある結果は論文発表前に書けないという大人の事情をご察しください。

役に立つかどうか、出資者がいるかどうか、政策に適合するかどうか、…。研究へのたくさんの要請が、知的な感性を曇らせてはいないでしょうか。自由研究を勧めます。


 

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