やわらかいアクチュエータ
電動歯ブラシを振動させるモータや、ショベルカーを動かす油圧シリンダなど、動きを作る装置にはたくさんの種類があり、それらをまとめて「アクチュエータ」と呼ぶ。人間の体を機械装置だと思ってみると、筋肉はアクチュエータの一種だ。

ロボットが能動的に動くにはアクチュエータが必要になる。やわらかいロボットには、ソフト・アクチュエータを使わなければいけないだろう。すぐ思いつくのは、人工筋肉があればなあ、ということである。
人工筋肉を開発しようという試みは活発である。
けれども、生物の筋肉は、本当にお手本となるような良いアクチュエータなのだろうか?
もし人工筋肉が手に入るようになったら、私たちはショベルカーを人工筋肉で動かすだろうか?
結論から言うと、筋肉はそれほどいいものではない。
もう少し詳しく見ていく。もちろん、筋肉のすごいところもある。いろいろな特徴を見ていくことで、筋肉の使いどころ、そしてソフト・アクチュエータの目指すべき道も見えてくると思う。
エネルギー効率
筋肉は効率がいい、などと言われる。これは本当だろうか?
まず、アクチュエータのエネルギー効率というのは、供給したエネルギーのうち、どれくらいが欲しい運動に変換されたか、その割合である。例えば、電気自動車が実際に走れる距離は、充電した電気が本来もっているはずのエネルギーで走れる距離より短い。つまり効率は100%ではない。音や熱としてムダに消費されたエネルギーがあるので、効率は下がってしまう。
筋肉の効率を計算するには、供給されたエネルギーを測らないといけない。食事のカロリーや、呼吸や、血糖値などなどを考えるのは面倒なので、筋肉の収縮に直接使われるATP(アデノシン三リン酸)だけに注目しよう。乱暴に言えば、ATPは筋肉のガソリンである。ATPの化学的なエネルギーが、収縮運動にどれくらい変換されるかを考えよう。
そのような前提で、筋肉の効率は20%〜40%程度である。
一方、ハイブリッドカーなどに使われているPM同期モータという種類のモータの効率は90%を超える。
電気は高級なエネルギーなので、生物の解糖系と比べるのはフェアではないかもしれない。他も見てみる。燃焼ガスで動くガソリンエンジンの効率は15%〜30%くらいで筋肉より劣るが、そこまで悪い値ではない。船舶用の大型ディーゼルエンジンの効率は50%くらいになる。
まとめると、生体筋の仕組みは驚嘆に値するが、筋肉の効率はずば抜けて高いわけではない。
工業機械が少しがんばれば追い抜けるくらいのところだし、電気モータは筋肉よりはるかに省エネだ。
参考:
[1] N. P. Smith, C. J. Barclay, and D. S. Loiselle, “The efficiency of muscle contraction,” Prog. Biophys. Mol. Biol., vol. 88, no. 1, pp. 1–58, May 2005.
[2] 日本自動車研究所, “総合効率とGHG 排出の分析,”
強さ
小さいのに強い、軽いのに強い、はアクチュエータの理想だ。
筋肉の収縮運動と、モータの回転運動は、直感的に比べにくいので、同じような動きをする空気圧シリンダと油圧シリンダを見てみよう。どちらも流体の圧力でピストンを押して伸び縮みするアクチュエータで、その構造は注射器と似ている。
筋肉が出せる力は、その太さ(断面積)によって決まる。
報告されている筋肉の強さは、大きめの値を採用すると10kgf/cm²(≒1.0Mpa)くらいである。
つまり、ボールペンの太さくらいの筋肉は、10kgの重りを支えられる。
空気圧シリンダを動かす高圧エアは、最大8気圧(≒0.8MPa)程度なので、同じ太さの筋肉よりは少し弱い。油圧シリンダの耐圧はかなり高いので、例えば10MPaで動かせば、同じ大きさの筋肉より10倍は強い。
BostonDynamics社が開発したヒト型ロボットPETMANは、油圧シリンダで動いている。だから、筋骨隆々には見えなくても、力強い。
筋肉より強いアクチュエータはあるということだ。
これは、ロボットが例え人間と同じサイズでも、スーパーマンになれるということで、希望が持てる。
速さ
スポーツなどの激しい動き、素早い動きを支えるのは筋肉である。
一方、ヒト型ロボットの動きは少し緩慢に感じられる。
ヒューマノイド・ロボットが遅いのは、大電流でモータが焼けないように速度を抑えた設計にしていることと、安全のためである。人間が近づかないような工業用ロボットは、かなり速い。
Stäubli社のSCARA型高速ロボットのビデオを紹介する。
人間の体で一番速い動きができるのは、まぶただろうか?
筋肉がどれくらい速く動けるかは、小さい生物を見るとわかってくる。例えば、ハチドリの羽ばたきは肉眼では見えないほどだが、それでも1秒間に100回未満(<100Hz)である。それよりも羽ばたき回数が多くなると、筋肉の能動的な伸び縮みでは動きが間に合わなくなる。そこで、ハチやハエなどは、羽の高速振動を起こす特別な仕組みを持っている。
筋肉が使えるのは、大体100Hzまでの動きだ。減速器付きモータや油空圧シリンダも同じくらいである。一見、筋肉によく似た動きをする形状記憶合金コイルは、それよりも1桁遅くて10Hz以下だ。
アクチュエータの中には、筋肉よりも桁違いに速く動くものがある。
例えば、磁石ではさんだムービングコイル、これは数十kHzという音波の域まで使える。スピーカーを動かしているのはこれだ。さらに、圧電素子(ピエゾ素子)は10MHzまで対応できるので超音波発生器に使われている。
参考:
[1] J. E. Huber, N. A. Fleck, and M. F. Ashby, “The selection of mechanical actuators based on performance indices,” Proc. R. Soc. London A Math. Phys. Eng. Sci., vol. 453, no. 1965, pp. 2185–2205, Oct. 1997.
まとめ
筋肉は、効率・力・速さのどれをとっても最高のアクチュエータではない。
私たちは、走っても自動車に追いつけないことや、油圧ショベルに力で負けること、工業用ロボットに作業の正確さと速さで勝てないことを知っているはずだ。
それでもまだ、動物の方がロボットより優れているように見えるのはどうしてだろうか?
たぶん、巧みなコントロールと複雑さがポイントだろう。
よどみない動き、ワザ、予測的な反応、そういう制御の部分が身体運動のすごさの大きな部分を占めている。身体の潜在能力をどれだけ引き出しているかで、迫力が変わる。もうひとつ、ロボットは確かに大まかな部分で動物を超えるかもしれないが、無数の筋肉が寄り集まった動物の体の複雑さは、ロボットの比ではない。しかも、筋肉群を動かす脳神経や、エネルギー源などが全て1個の体に詰まっているのだ。それは確かに、今のロボット技術が到達していない領域である。