人工知能学会誌、新表紙第1号

あらまし

人工知能学会 学会誌の新しい表紙が話題になっています。周辺情報と私の考えをまとめます。
下は学会誌デザインの新旧比較ですが、思い切った変化です。

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学会誌の旧デザイン(左)、新デザイン第1号(右)
学会、学会誌ってなに?

学会というのは、ある学問領域の研究をしている人たちが任意で加入している団体です。学会はたくさんあります。ちなみに、宗教法人の創価学会とは無関係です。学会誌は、学会が発行する機関紙で、論文やお知らせが載っています。会費を払った学会員に送られるもので、本屋には売っていません。大学の図書館などでも読むことができます。

学術雑誌の表紙を工夫するのはいいことだ

本屋に並ぶことがない学術雑誌のデザインは、大体ひどいものです。裁ち切りのきれいな写真や、わかりやすいイラストを使った表紙の、進歩的な学術雑誌がいくつかあります。人工知能学会誌の表紙リニューアルも、方向性はすばらしいです。

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イラストを使った学術雑誌いろいろ

例えば、情報処理学会誌は、例年公募でその年の表紙背景を決めていますが、特集に合わせて初音ミクを表紙に採用したこともあります。また、学会誌のAmazonでの一般販売もやっています。ロボット学会誌は、たまにゲストのイラストレーターを招きつつ、デザイナーのソノヤマさんが、特集に合わせて毎号ちがう表紙をデザインしています。欧文誌では、日本分子生物学会が発行する国際誌 Genes to Cells が独特の表紙デザインで目立ちます。

学会誌ではないですが、Nature や Science に並ぶ有力誌 Cell は、毎号工夫のある表紙で、2007年の Vol.130, No.5 ではマンガ家の荒木飛呂彦によるタンパク質の擬人化イラストを使っています。

第一印象

第一印象はどうでしたか?いいねと思った人も、違和感を感じた人もいると思います。話題になる前の、先入観の少ない状態で、私の感想は以下の通りでした。

人工知能学会誌の表紙がリニューアルされて、ほうきと本を持つ女性型アンドロイド(?)のイラストになった。これはダメだ…。そんな意図はないといっても、学会をあげての性差別に見える。「挑戦的なデザイン」と言って、非常に「保守的」だと思う。

私はロボットの研究をしているので、人工知能は身近な分野です。イラストの本来の狙いは理解しますが、それとは関係なく、誤解を受けても仕方ない表現だと思いました。

おせっかいでも、学会関係者に連絡をとって「問題になるかもしれないから対応を考えた方がいい」と進言するべきではとも思いました。

なにが描かれていて、なにが問題か

言えることは、新しい表紙が、意図したメッセージの伝達に失敗しているということです。「多くの人にアピールする」ことを目指したけれど、反感を持つ人も多かったということです。で、表現の自由とか規制の問題ではありません。こういう絵を描いたり発表したりするのは完全に自由であるべきです。すべては「絵の使い方が間違ってるよ」「描くものの選び方を間違ってるよ」という抗議です。

水彩調のイラストから素直に読み取れるのは、本がたくさんある部屋に細身の若い女性がひとり立っている、女性の腰にはケーブルがコネクタで接続されている、女性は本とほうきを持っていて、ほぼ無表情、などです。

「今回のデザインは、『日常の中にある人工知能』というコンセプトで、掃除機が人工知能になっていることを表しています」と書いてあるし、ケーブルが接続されているから、この人は人間じゃなくてロボットなんだなとわかります。

以上です、だと楽なんですが、大げさに言うと、ここで使われているのは表現手法は「擬人化」です。特に「萌え擬人化」と呼ばれるものです。「萌え擬人化」に慣れ親しんでいる人は、それが十中八九かわいい女の子に化けることだと知っていますが、そんなお約束を知らない人もたくさんいます。コンピュータが人型になっているような『ちょびっツ』的世界観のSFにもなじみがありません。大多数がそうです。人として描かれたものを、人として見ないという読み方は特殊で、文脈と訓練が必要です。

「広い範囲の読者」を対象としたリニューアルの第1弾に、内輪ウケの表現手法を選んでしまったことになります。

さらに悪いことに

はっきり言うと、表紙は、ケーブルにつながれた女性に見えます。実はロボットで、という設定は理屈で理解することで、視覚的には部屋の中のつながれた女性です。一定数の人に、そう見えます。しかも、掃除という役目があるらしいし、表情は楽しそうでもありません。やわらかい絵柄とは裏腹に、「ほんとうは怖い絵」になってしまっています。

ちょっとした画像処理でバリエーションを生成してみるとこうなります。つながりを解くためにケーブルを消すと、ロボットだという設定も失われます。ケーブルが唯一のSF的要素だということがわかります。

描かれた要素を分解する。オリジナル、ケーブルなし人間バージョン、帚だけ、本だけ、持ち物なし、など。(人工知能 Vol.24, No.1より改変)
描かれた要素を分解する。オリジナル、帚なし、ケーブルなし人間バージョン、帚だけ、本だけ、持ち物なし、モノだけ。(人工知能 Vol.24, No.1より改変)

イラストの好き嫌いの話ではないということを、もう一度確認しておきたいと思います。巻頭言では、タイトルと表紙のリニューアルの意図が次のように述べられています。

人工知能という言葉に、未来に通じる新しい希望を感じています。だからこそ、我々はきちんと社会に対して情報を発信していくべきだと思いますし、これまでに我々が長い間、積み重ねてきた研究を、正しい形で理解してもらうように努力すべきだと思います。

このように気合いの入ったリニューアルの、しかも第1弾ですから、学会が目指す未来の日常、理想の人工知能のイメージが反映されていると思うのが自然です。そこで発信されたメッセージに、抑圧された女性の典型みたいなイメージが含まれてしまったのは、コミュニケーションの失敗だし、看過できないことです。

なぜスルーできないかというと、こういうことは言わないと気づいてもらえないからです。

男vs女の話でもない

炎上して男女の対立みたいな構図になっているのをよくみますが、たいへん不毛です。男女関係なく、これはむしろ、マイナーな意見をどう取り上げて社会を住みよくするかという話だと思います。オレは平気だとか、気にならない女性もいるとか、女性が描いた絵ならOKとかではなく、嫌だと思う人のことも想像しようということです。今回は投票で絵を選んだそうですが、違和感を感じた人がいたとしても、多数決では見過ごされてしまいます。

誰でもいつでも、困っている少数派になる可能性があるわけですから、多数派が「おれは困ってないから困らない」という主張を通してしまう社会はかなり住み心地が悪いですよ。

人工知能の表現

「表紙のデザインは、今後、毎号変わっていく予定」ということです。人工知能をどうやって親しみやすく視覚化していくのか、とても興味があります。現代の人工知能は、人間の仕組みとは異なったアルゴリズムや、人間には不可能な大規模データベースの活用などによって成功している部分があり、人工知能を昔のように人間の形に押し込めるのは難しくなってきています。人間とやりとりする部分にだけ擬人化されたアバターを使うのはありでしょう。

作り手の身になって考えるというのも大事です。もしも表紙の企画をまかされた編集委員だったら、または、イラストレータとして人工知能を描こうとしたら、どんなアイディアを出しますか?私の思いつきをいくつか書きますが、人工知能の働きを人間の姿で表現するなら、大人数がデバイスの中で働いて情報を処理したりボタンやスピーカーを操っている絵なんかはシリーズで描きやすそうです。車や飛行機に目口をつけるような表現は、古くさいですね。表紙を連載欄にして、シンプルな作風の、例えばとり・みき氏に人工無能マンガを描いてもらうとか、どうでしょう。あるいは、フィクションの中に登場する人工知能を毎号とりあげていくなど。

今後の展開を、楽しみに見守っています。

14件のコメント

  1. 学会側は「次号以降も同じイラストレーターに描いてもらう予定」と表明しているのに、なぜとり・みき氏に描いてもらえという話になるのですか?無自覚に女性蔑視的な絵を描いてしまうような差別思想をもったイラストレーターは学会誌の表紙を描き続ける資格がないということでしょうか?わたしはイラストの描き手をとり・みき氏に変えるべきというあなたの意見を不愉快に感じました。

    1. 私も次号を楽しみにしていますよ。
      大きくテイストの違う企画をいくつか書いているのは、単純に、もしゼロからアイディアを出せと言われたらどう答えるかという話です。

      誤解がないように文章を足します。

  2. 例えばですね、反人権派も核武装論者も少数派なのです。

    少数派を抑圧・排除すべきでない、ではなく、
    “ポリティカリーにインコレクト”ならば、
    少数派であれ多数派であれ抑圧し排除せねばならない、
    というべきなのでは。

    そうしてはじめて、
    価値絶対主義の論理的誤謬だとか、
    前近代的迷妄としての自然権思想だとか、
    「本当の議論」が始まるわけです。

    1. おっしゃる通りなのですが、
      politically correct (PC) と言ったときに、その correctness を組み立てる議論はちょっと手に負えない規模になってきます。かといって、頭ごなしにPCを大きな規範としてふりかざすと、人の顔がみえなくなってきます。そこで、あえてPCに触れない書き方にしました。

  3. 興味深く拝見しました。

    多くの人に手に取ってもらうためのリニューアルなのですから、多くの人に配慮した方が良い、それは本来の目的である研究の中身を誤解なく知らせることや、論文の内容に関する議論に集中するためにもメリットのあることだとよくわかりました。

    他方で、ツイッター上では、学会自体が内輪のものなのだから、嫌なら見なければいいという論が多かったことに考えさせられました。研究側がどうあれ、一般の方の目にしばしば触れなければ、内輪でしかない、そのことが非常に重く感じられました。

  4. 統合失調症はおよそ100人に1人世界の誰でも統計的にかかる可能性がある疾患ですがあなたはより良い社会の実現の為に彼らの訴えを聞き自身の表現を彼らの為に配慮しますか?

    ちょっと聞いてみたかったので質問

    1. 意見を寄せてくれた人が統合失調症かどうかなんてわかりませんよね。ひとつの意見として吟味してそれぞれ対応すればいいと思います。配慮するというのは言いなりになることや自主規制とは違うでしょう。

      「疾患によって思考や感情がまとまりにくい状態」でなされた主張をどう解釈するべきかというのはまた別の問題ですね。

      1. いえたまたまネット上で観た学会の表紙絵を観てから幻覚の症状が深刻化して辛い、この絵を削除して欲しいとか言われた場合はどうするのかなと思いまして。
        幻覚を観るなら少なくとも統合失調症の疑いはあるし、ドラッグの可能性もあるけど健康な状態じゃない方ですよね。
        幻覚の悩みはその患者さん以外の人には共有出来ない悩みですし
        賛成の理由は様々ですが、最終的に学会の表紙を変更すべきという意見を概ね肯定される方が、自分の立場でそういう方からの批判を受けた場合どう対応するのかと思いまして
        絵を削除しますかね?彼らに観るなといいますかね?
        絵を改訂して再度掲載するでしょうか?
        それとも彼らの思考や感情がまとまりにくい状態である事を理由に
        掲載を続けるでしょうか?

        嫌だと思う人のことも想像しようその通りだと思いますし
        私は自分が批判を受けた場合
        こういう疑問について考える事がその想像する事だと思うのですけど

        狭量かも知れませんが何だか女性ロボットがコードで繋がれた絵について配慮を訴える人々は
        健康問題や、生死に関わる問題を持つ人を想像するより
        より安全な立場の人々への配慮を優先している様に感じられたので質問させて頂きました。それが意識的行動なのか確認したかったのです。
        意地の悪い質問でしたが、
        ご返答ありがとうございました。

  5. 何の説得力も存在しない。只単に”自分”が不快に感じた、という意見を「不快に思う”人達”」「少数派の”人達”」の側に立つ素振りを見せて主語を膨らませている。

    >言えることは、新しい表紙が、意図したメッセージの伝達に失敗しているということです。

    インターネット上に数人、この絵に反感を持つ異常者が居た事を以って失敗しているという結論は生まれない。

    >そんなお約束を知らない人もたくさんいます。コンピュータが人型になっているような『ちょびっツ』的世界観のSFにもなじみがありません。大多数がそうです。人として描かれたものを、人として見ないという読み方は特殊で、文脈と訓練が必要です。

    お約束を知らない人がたくさんいる、『ちょびっツ』的世界観のSFにもなじみがないのが大多数である、既に幾つもの自治体・企業が採用している萌え擬人化という手法が内輪にしか通じないという根拠は何か。

    >そこで発信されたメッセージに、抑圧された女性の典型みたいなイメージが含まれてしまったのは

    「掃除をする女性は抑圧されている」という偏見をまず捨てるべき。

    >誰でもいつでも、困っている少数派になる可能性があるわけですから、多数派が「おれは困ってないから困らない」という主張を通してしまう社会はかなり住み心地が悪いですよ。

    都合の良い我田引水なおためごかし。自分で書いていて気持ち悪く感じないのか。

  6. 個人的には数年感のうつ病生活で社会と断絶してたり色々辛かったので
    こういう事言いたくなっちゃうんですよね〜
    困っている人の代弁者であるより
    自分が苦しい、痛い、不快だーととりえあずはみんなに言ってほしいなぁ
    今回の話はまるで架空の被害者や弱者や被差別者に腹話術の様に自分の主張を話させてる人が多い気がします。

    とりあえずそういう経緯で個人的には絵についての話を
    自分の不快感とすり替えていそうな人の話には嫌悪感があります。
    向こうから観るときっと逆なんでしょうけどね

  7. あと現在回復して日本でITのエンジニアやらせて頂いてるので
    患者からの精神病を理解しろとかいう主張ではないです。
    統合失調症を例にしたのは症状の原因が未だ医学的に解明されておらず
    世界の誰でもほぼ100人に1人かかるという世界保健機関発表統計上の性質からマイノリティとしてどこの地域でも称される存在のサンプルとして引き合いに出させてもらいました。

    結構すぷつにこさんは国際的観点を大事にされてるようなので
    絵が学会の表紙絵としてアウトだという意見を持つ方かつ、世界中の誰にでも読まれる可能性のある文章を書かれる方に上記の質問をぶつけたらどういう反応が帰ってくるのかな〜と思いまして

    分かった事は学会の表紙絵が公的にふさわしくないという意見を持つ方の中に100人に1人くらいのマイノリティからの意見は
    その意見が社会構成の1%に所属するのかどうか
    判断出来ないので全体の意見の一つだと判断する方がいらっしゃるという事でした。

    まぁ、ちょっと不快な思いをさせる予想はあったので
    すいません。
    あと理解進んだ事についてはありがとうございます。

  8. 何か色々間違ってる文章ですいません
    もうちょっと補足を
    頂いたこちらのコメントで

    >意見を寄せてくれた人が統合失調症かどうかなんてわかりませんよね。ひとつの意見として吟味してそれぞれ対応すればいいと思います。配慮するというのは言いなりになることや自主規制とは違うでしょう。

    これは統合失調症に対しての話ですけど、少なくとも
    患者さんの症状が悪化したと訴える可能性のある文章を
    自分が書くかも知れないという可能性は考慮されてませんでしたよね?
    全く関係がない内容だと考えておられたんだと思います。
    安全圏の人々の思想を自分の幻聴の苦しみより優先する人々がいるんだと思って不快だと思われる人もいるかも知れません。

    全体的にこの騒動で私が感じる不快感も同様の理由から
    生じています。

    みんなそれなりに無意識に言われて自分だけが言われて傷つく事ってあるんじゃないですかね?無意識なのが怖いのですが
    表紙がアウトという人って程度の差はあれ
    少なくとも自分は同種の行為は無意識にやってないと考えている傾向がある様に感じられたので
    それを証明する事は出来ないかなぁと思ったのでコメントしました。
    「そんなの知らないよ」っていう返答じゃなかったのはすごいですね。
    すいません
    でも、ちょっとはelastic mindの一助になったのでは?

    1. 個人の考えの範囲はかなり限られています。
      新しい問いがあると、死角だった部分を考え始めることができますね。

      コメントありがとうございました。

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