やわらかいものといえば、輪ゴムやクッションを思い浮かべるけれど、
実は、形のない空気もやわらかいものの一種だ。
注射器に閉じ込めた空気を押してみた経験はあるだろうか?
空気はピストンを押し返すので、バネのような感触がする。気体は、圧縮すると圧力が上がる性質をもっているので、バネになる。空気のバネ特性を利用している身近な例がゴムタイヤだ。
タイヤの中に入っているゴムチューブや、風船や、浮き輪のように、気体を注入すると膨らんで形を作るような膜構造をinflatable structure(インフレータブル構造)という。この”inflatable”は「気体を充填して膨張させられる」といった意味だ。もっと大ざっぱには「風船式の」とも言える。
インフレータブル構造は、中空なので軽い。空気を抜いてたためば持ち運びに便利で、少ない材料で大きなものを作るのにも向く。身近なところでは、風船やタイヤの他にも、ビーチボール、浮き輪、ビニールプール、ゴムボート、エアベッド、自動車のエアバッグ、トランポリン、気球、ドーム屋根などインフレータブルなものは多い。ゴム風船のようにゴムを使うとすぐに穴があくし、空気を入れすぎると破裂してしまうので、実用的には伸びにくい薄いシートで製作されることが多い。
このような風船構造のロボット応用がinflatable robotである。
空気で支えられた膜構造の例は古くからあったが、ロボットへの応用は知られている限りではNASAが出資した研究プロジェクトに基づく1990年の特許(US5065640)が最初期である。少し遅れて、1995年頃にイスラエル工科大学で円柱上のinflatable linkageを先端に取り付けたマニピュレータや、パラレルリンクの開発が行われた。
最近の研究では、DARPAのM3 (Maximum Mobility and Manipulation) Programに参加する大学や企業が主導的な役割を果たしている。具体的には、CMU (Carnegie Mellon University)、iRobot、そしてOtherlabというMIT出身者が創業した小規模な会社だ。
CMUの博士学生だったDr. Siddharth Sananが開発したロボットアームは、軽さと表面のやわらかさによって、人間と直接触れても安全なことが特長だ。駆動は根元のモータと、ワイヤの引張りで、正確な動きはできない。

前出のCMUのグループと共同で、Otherlabは肩2自由度、肘1自由度、4本の指があるロボットアームを開発した。単にロボットの関節をつなぐ「骨」だけを風船式にするのではなく、ロボットハンドや関節の機構までinflatable構造にすることが試されている。関節を動かしているのも空気の圧力で膨張する袋だ。Otherlabは他にも大きなAnt Roachと呼ばれる6脚ロボットを開発している。

iRobot社は、軍事用途を意識して、運搬が楽で必要なときに展開できる、軽量で安価なロボット技術としてinflatable robotに注目しているようだ。戦場で使われている無線操縦ロボットPackBotにinflatable manipulatorを搭載する実験を行った。アームの関節部は、モータ巻き取りによるワイヤ駆動のようだ。

さて、まだまだ研究開発途上の風船ロボットだが、実はもうファンタジーの世界に取り込まれている。SF映画がロボット研究を触発したのではなく、実際のロボット研究が映画にインスピレーションを与えたのだ。Walt Disney Animations Studioの”Frozen”に続く”Big Hero 6″という映画の中には、Baymaxというinflatable robotが登場する。下が、そのロボットを収納した様子(左)と、膨張した様子(右)だ。

この映画のディレクターのひとりであるDon Hall氏は、2011年頃にロボットのキャラクターデザインのヒントを探してMITやCMUを訪問していた。CMUで見学したinflatable robotの技術が、このBaymaxにつながったようだ。CMUのChris Atkeson教授のページに詳しい。
実際にBaymaxを作ろうとしたら、伸縮するようなコンパクトな骨格では大きな力を出すのは難しいし、空気を抜くときにはかなり時間がかかりそうだ。摩擦や針刺しに強い素材も必要だろう。映画では、人間とやわらかくハグしたり、落下のショックをやわらげたり、inflatable robotの利点がうまく使われている。
CMUでは、DARPA Robotics Challengeで提供されたBostonDynamics社のヒト型ロボットAtlasにinflatableスーツを着せた歩行実験を行っている。
今回はinflatable robotを概観した。
まだ作るのに手間がかかるが、ラバーとはちがったやわらかさを実現する技術である。