夏休み“大人の”自由研究「セミの抜け殻の3Dプリント」

夏休み「大人の」自由研究、それは、なにげない夏の疑問を、いつまでも好奇心と探究心を忘れない人々が、大人の力で解き明かそうとする活動…。

今回のテーマは「セミの抜け殻」です。役に立つかどうかなんて関係なく、きれいな石を見つけたらポケットに入れて持ち帰った、そんな日々を忘れかけていた大人に読んでほしい一編となっています。セミの抜け殻を集めて分類するだけではおもしろくありません。現代の技術を駆使して調べます。

セミの抜け殻2種類
セミの抜け殻2種類

それではどうぞ!

大人の注記:この記事は、東京大学に所属するロボット研究者である新山が、アウトリーチ(公的研究費で得られた研究成果を、研究者自身が国民に伝え、研究活動や科学技術への信頼と興味関心を醸成するためのコミュニケーション活動)の一貫として行なっています。


抜け殻とは

まず抜け殻を見つけましょう。大人になると、林を歩いても初めはぜんぜん見つかりません。葉の裏にくっついたりしているので、視線が高いと見えにくいんですね。視点を低くしましょう。慣れればどんどん見つかります。

セミの抜け殻は、セミの幼虫が地上に出てきて羽化した後に残る抜け殻なので、中身の入ったセミの抜け殻(?)は歩きますし、樹上で鳴いているセミは全員この抜け殻から出てきました。

セミの抜け殻いろいろ、羽化前のセミ幼虫、アブラゼミ成虫
セミの抜け殻いろいろ、羽化前のセミの幼虫、アブラゼミ成虫

私も子供の頃にはセミの抜け殻を袋いっぱい集めました。なんの役にも立たないけど、目ざとく見つけ出して、集めるのがただ楽しかったんです。

セミの抜け殻の見分け方

例えば、東京都内の公園でセミの抜け殻を探すと、場所にもよりますが、8割くらいがアブラゼミだと思います。運がいいと、上の写真のような、全身に泥をまとった小さくてまるっこい抜け殻が見つかります。これはニイニイゼミです。

さて、冒頭のセミの抜け殻が2つ向き合った画像、これはアブラゼミとミンミンゼミの抜け殻を並べた写真です。どちらがどちらかわかるでしょうか?どちらも体長が25mm超で、色つやでは見分けがつきません。

デジタルカメラと組み合わせた実体顕微鏡で見てみましょう。見分けポイントは、触角です。

アブラゼミの抜け殻と触角
アブラゼミの抜け殻と触角

まずはアブラゼミの抜け殻です。老眼だと難しいのですが、触角の節の長さに注目です。第二節と第3節の長さの比が1:1.5くらいになっています。太めで、毛がびっしりはえています。

ミンミンゼミの抜け殻と触角
ミンミンゼミの抜け殻と触角

そしてこちらがミンミンゼミです。第2節と第3節が大体同じ長さです。毛はひとつの節に数本だけで、アブラゼミほど毛深くありません。

どうでしょうか?最初は同じにみえると思います。たくさんセミの抜け殻を取っていると、だんだん目利きになってきて、触角がほっそりしたミンミンゼミの抜け殻がぱっと分かるようになります。夏が過ぎると、もう勘が失われて、よくわからなくなります。

セミの抜け殻を3Dプリンターで出力する

さてこれからが、おとなげない(大人だからこそ)ステージです。ちょっとセミの抜け殻をデジタル化して、3Dプリントしてみましょう。

まずは3Dスキャンする必要があります。問題は対象が殻という薄いものだということです。外側からでは内部構造が撮れません。そこで、ごっつい見た目の(お値段もそれなりと想察される)マイクロフォーカスX線CT装置を使います。装置を起動して(中略)セミの抜け殻の3Dモデルが得られました。

セミの抜け殻の拡大と、X線CTによる3Dモデル
セミの抜け殻の拡大と、X線CTによる3Dモデル

右が得られた3Dデータのレンダリングです。毛までよく撮れています。割れ目あたりを見ると、中空構造もデータ化されていることがわかります。余談ですが、拡大して見ると『風の谷のナウシカ』の冒頭に出てくる王蟲の抜け殻みたいです。透けた目が特に。

さて、この3Dモデルを3Dプリンタで出力すればいいのですが、とても精密な上に、中空構造ですから、安物の3Dプリンタでは出力が大変困難です。造形精度はもちろんですが、サポート材が融ける・溶けるタイプのハイエンドなものを使います。さて、その結果は…

実物大で3Dプリントしたセミの抜け殻
実物大で3Dプリントしたセミの抜け殻

実物大で造形したら、繊細すぎてすぐに壊れてしまいました、リアルですね。

ちなみに、茶色くて薄いパリパリの殻からセミがどうやって出てくるのか疑問に思う方もいるかもしれません。セミの抜け殻を水につけて見て下さい。けっこう柔軟で、乾燥前の生であればなるほどと思うはずです。

セミの抜け殻にビッグライト

壊れてしまったのは小さすぎるから、ということで、ビッグライトを当ててセミの抜け殻を巨大化してみましょう。

150%に拡大したセミの抜け殻
150%に拡大したセミの抜け殻

じゃーん。150%(1.5倍)に拡大して3Dプリントしたセミの抜け殻です。迫力と存在感も1.5倍増しです。

ビッグライトの原理を推察すると、対象物体の構成物質と構造をスキャン、それを保ったまま物質を足して再構成といったところでしょうか。あくまでも、キューブを8個積んだら2倍の大きさのキューブになる、といった程度の再現で、分子レベルで、例えば細胞膜の脂質二重層にそれが通用するとは思いませんが。

なんにせよ、ディジタル化されたセミの抜け殻は、3Dプリンタを使えば好きな大きさで出力できます。3Dスキャン→拡大→3D造形の流れは、時間はかかるけど、今の技術で可能なビッグライトの実現です。

前半に紹介したニイニイゼミの抜け殻は、体長20mmくらいでアブラゼミやミンミンゼミより小さめです。これも巨大化してみましょう。2倍、3倍、4倍と大きくしてみます。

ニンニンゼミの抜け殻の拡大
ニンニンゼミの抜け殻の拡大

だんだん怪獣みたいに見えてきます。

さて、中空構造も再現できているので、内側も見たくなりますね。デジタルデータなら、拡大縮小だけでなく、切ったり穴をあけたりも自由です。

半分に割って3Dプリントしたセミの抜け殻
半分に割って3Dプリントしたセミの抜け殻

片側を切り取って3Dプリントしたアブラゼミの抜け殻です。体内のかなり複雑な構造はもちろん、樹液を吸う名が細い口吻がパイプ状になっていることがわかります。小さくて見えなかったものが、肉眼で観察できるようになりました。

セミのおなかは空っぽか?

さて、最後にセミの鳴く仕組みを見てみましょう。例によってX線CTでミンミンゼミの雄をスキャンしてみました。

ミンミンゼミ♂のX線CTデータ
ミンミンゼミ♂のX線CTデータ

右側が、外形と断面図です。セミのおなかの中はうわさ通りに中空です。でも、内臓がないわけではなく(おしっこしますよね)、左の透視図のように、共鳴室の壁に沿って薄く内臓が収納されているのです。

断面で、上半身に詰まっているのが翅を動かす飛翔筋ですが、おなかの共鳴室の中に太い筋肉が2本見えます。これが、あの大きなセミの声を出す発音筋です。飛翔筋にひけをとらない太さ、生きたサイレン、本気の求愛です。


おわりに

知的好奇心と素直に向き合う自由研究は、なんと楽しいことでしょうか。夏休みの終わりまでに提出が間に合わなかった「大人の」自由研究でした。

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