ソフトマター
ソフトロボティクスに使う柔軟材料(soft materials)の話をしよう。ソフトロボット作りは材料選びからはじまる。
身の回りにも、やわらかいものはたくさんある。台所スポンジ、ゴムタイヤ、おなかの肉、などなど。スニーカーと革靴の履き心地がちがうように、材料が変われば機能が変わる。
やわらかい材料は、形のあるものばかりではない。広く、ソフトクリームや小麦粉、液晶などもやわらかい材料の仲間だ。やわらかい材料をまとめてソフトマター(soft matter)と呼ぶ。ダークマター(暗黒物質)と同じような使い方である。かっこいい。
ソフトマター物理学という研究分野があり、Soft Matter という学術雑誌が出ている。ソフトマターの研究で、ノーベル物理学賞を受賞した研究者もいる。物理学者のピエール=ジル・ド・ジェンヌ(Pierre-Gilles de Gennes)だ。
ひとくちに柔軟材料といっても、材料は無数にある。そこで、これだけは知っておいた方がいいというものを見ていこう。取り上げるのは、ゴム、ゲル、スポンジ、わた、そして空気だ。
ゴム
ゴムはソフトロボットによく使われる。ハーバード大学のWhitesides博士らの研究グループで作られた這い進むロボットは、シリコーンゴム製だ。

工業的には、ゴムの最大の用途は自動車用のゴムタイヤである。ちなみに、英語だとrubberと言って、gumはチューイングガムのイメージだ。ゴムには天然ゴム(natural rubber)と合成ゴム(synthetic rubber)がある。
天然ゴムは、ゴムの木から出る乳液(latex)から作る。天然ゴムは、硫黄を混ぜて百数十度で蒸すか焼くかする「加硫」をしないとベタベタして使いものにならない。この処理が実用化されたのは1840年代である。最初の合成ゴム、クロロプレンゴム(chloroprene rubber、デュポン社のネオプレン)の製造は1930年代にはじまった。
ゴムのやわらかさの秘密は、細長い鎖のような高分子が、となりの高分子と連結部(架橋)をもって、立体的な網状の構造を作っていることだ(下の図)。網なので、ニットのセーターみたいに変形できる。

ゴムは、変形するだけでなく、弾力がある。これは、細長い高分子がくちゃくちゃに丸まろうとする(エントロピーの大きい状態になろうとする)性質を持っていて、伸ばしても縮まろうとするばねと同じように働くからだ。これをエントロピー弾性といういう。ゴムを温めると、やわらかくなって伸びるかと思いきや、逆に弾力が強くなって縮むのはこのせいだ。
弾性をもつ材料は天然ゴムに限らず多種多様なので、まとめてエラストマー(elastomer)と呼ぶこともある。
ゲル
ゲル(gel)は食べものに多い柔軟材料だ。ゼリーもゲル、豆腐もゲル、こんにゃくもゲル。
ゲルも、高分子が絡みあった構造をもっているところはゴム材料と似ているが、その隙間に水を含んでいるのが大きな違いだ。有機溶媒で膨潤させたゲルもあるので、正確には水を含んだゲルはハイドロゲル(hydrogel)という。空気に置き換えればエアロゲル(aerogel)。
ゲルは、周囲のpHやイオン濃度、温度、電場などの変化で膨らんだり縮んだりする。人工筋肉への応用が期待されたが、動きが小さく、力が弱く、乾燥に弱いのであまりうまくいっていない。
水をたっぷり含むハイドロゲルは、生きた細胞の住処にもなるし、化学反応の場にもなる。芝浦工業大学の前田博士らは、振動的な化学反応のひとつBZ反応を内包した自励振動ゲルを使って、歩くケミカルロボットを製作した。

ゼリーも寒天も非常にもろいが、組成を工夫すると力いっぱい伸ばしてちぎれないような高強度ゲルができる。ゲルは他にも、膨潤による大量の水の保持や、切ってもまたつながる自己修復などおもしろい性質をいろいろもっている。
スポンジ
スポンジは多孔質の発泡材料(フォーム、foam)だ。スポンジといっただけでは材質がわからないので、ポリウレタンフォームとか、発泡スチロールのように材料名をつける。クッション、ソファ、マットレス、キッチンスポンジなど、家の中にたくさんある柔軟材料だ。
発泡材料は何でもやわらかいかというと、そうでもない。エラストマーは泡立てればさらにやわらかくなるが、ポリスチレン樹脂を発泡させたスチレンフォームは硬い。アルミニウムやコンクリートを使って硬い発泡材料を作ることもできる。
スポンジを顕微鏡で見ると、立体的な網状の構造が見える(下の図)。

発泡材料には連続気泡フォーム(open cell foam)と独立気泡フォーム(closed cell foam)の2種類がある。連続気泡フォームは、泡同士がつながって、細い筋しか残っていないので、水や空気を通す。独立気泡フォームは、隣りあった泡の間に壁が残っていて、形状復元力がある。
発泡柔軟材料は、シリコーンゴムのように密な材料に比べて軽いのが良いところだ。スポンジを使ったイモムシロボットや、スポンジをゴムでコーティングした人工筋肉などが試されている。
わた
わたも、発泡と同じように、材料に柔軟性を与える構造だ。繊維が複雑にからみ、折り重なっている(下の図)。

砂糖はかたいが、綿あめはふわふわ。ガラスはかたいがグラスウールはふかふか。どちらも、同じ材料をしなやかな繊維にして重ねることで、やわらかいものに変身する例だ。
材料のやわらかさは、材質だけでなく、構造によっても大きく変わるということがわかる。
空気
目に見えない、形のない柔軟材料についても触れておこう。空気である。気体は柔軟材料の一種だ。自転車の空気ポンプを押したときに、閉じこめられた空気の弾力を感じることができる。
気体の弾力は、気体分子の壁を押す力(下の図)が、気体を圧縮すると大きくなるという性質による。これは、高校で習うボイル=シャルルの法則の通りだ。また、ゴムの弾性と同じように、気体の弾性はエントロピー弾性としても説明できる。

ゴムと空気、ふたつの柔軟材料のすばらしいコラボレーションが、空気入りゴムタイヤだ。
タイヤのチューブを空気なしで作るのは意外と難しい。空気は、ばねとしてはとてもやわらかく、振動をよく防ぐ。単にやわらかいと乗員の体重でタイヤがへこんでしまうところだが、空気を多く詰めておけば、力をかけても耐えられる。パンクしないエアレスタイヤ(airless tire)もあるが、硬くて乗り心地が悪い。
オフィスチェアーが「シュー」と鳴って上下する機構にもガススプリング、つまり気体ばねが使われている。シリンダーに詰まっているのは窒素ガスだ。ここでも、体重分をキャンセルしつつ、椅子の高さによらず軽い力で伸び縮みできる特徴が活かされている。
鉄道車両や路線バスのサスペンションは、昔は金属の板ばねだったが、今は空気ばねが多い。エアサスペンションは、乗り心地がよく、軽くて、空気を抜いたり入れたりすれば車体を上下できるので便利だ。
やわらかさの構造
柔軟材料を広く見渡すと、変形を許す構造が、さまざまなスケールで埋めこまれていることがわかる。それは、ゴムではナノメートル単位の高分子の網目だったし、スポンジでは目に見えるサブミリメートルの網目だった。
かたい材料でも、やわらかさを引き出すことができる。キュウリも切れ目をたくさん入れればぐにゃぐにゃになれる。鉄でさえ、わた状にすればやわらかくなる。
ここまでで、世の中の大体の柔軟材料がカバーできたと思う。それでもまだ、未知の材料はたくさんある。ソフトロボティクスの躍進には、新しいソフトマターとの出会いが必要だ。
文責:新山龍馬(ロボット博士)
(イラストレーション:大津萌乃)